札幌高等裁判所 昭和43年(ネ)284号 判決 1969年5月14日
控訴人 小林武二
被控訴人 吉村良治
右訴訟代理人弁護士 岸田昌洋
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人の被控訴人に対する別紙目録記載家屋の賃料債務は、昭和四二年九月一日以降、一箇月金一九、一五一円であることを確認する。
被控訴人のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
事実
控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を決め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人は請求の原因として、
一 被控訴人は昭和二三年一月三〇日別紙目録記載の家屋(以下単に本件家屋という。)を前所有者訴外古谷忠司から買い受けその所有権を取得した。
二 被控訴人は右買受けと同時に控訴人に対し本件家屋を期限の定めなく、賃料月額金一、〇二〇円毎月末日払の約で賃貸した。
三 仮りに前項の主張が認められないとしても、被控訴人は右家屋買受けと同時に前主訴外古谷忠司の控訴人に対する前項記載と同一内容の賃貸借契約の賃貸人としての地位を承継した。
四 右賃貸借における賃料は、その後の経済事情の変動、公租公課の増加、諸物価の値上りおよび近隣の建物賃料額との比較により著しく低廉となり適正を欠くに至った。
五 そこで被控訴人は昭和四二年六月一四日付の書面で控訴人に対し、月額賃料を金四五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。
六 右増額の程度は適正なものであるのに控訴人はこれに応じない態度を示しているので、本訴において本件訴状が控訴人に送達された日を含む月の翌月以降である昭和四二年九月一日以降につき控訴人の賃料債務が金四五、〇〇〇円であることの確認を求める。
と述べ
七 控訴人の答弁に対し、本件家屋が昭和一一年頃新築されたものであることは認める。しかし控訴人の本件家屋の賃料に対する地代家賃統制令の適用の主張を争う。すなわち、
(一) 被控訴人は、本件家屋の階下約二三平方メートル(約七坪)の事務所部分を控訴人が経営する新聞出版業務に使用し、他は一、二階とも居住の用に供している旨の控訴人の主張事実をいったん認めたが、右自白は錯誤に基づき、かつ事実に反するものであるから撤回する。本件家屋は、昭和四二年九月一日当時から現在まで、一階部分を事業用に、二階部分を居住用に、それぞれ使用しているものである。
(二) 本件家屋は登記簿上も構造上も店舗であって、控訴人は右家屋の賃借後、これを証券取引業、機械工具店、家具販売店、新聞出版業などの店舗として使用してきているのであるから、本件家屋は地代家賃統制令二三条二項四号の店舗に該当し、従って同令による家賃の統制を受けないものである。
(三) 仮りに本件家屋が前同条項但し書の併用住宅と認められる余地があるとしても、本件家屋の階下四一平方メートル三二(一二坪五合)は、控訴人の業務上、新聞印刷用事業所および事務室として使用されているものであるから、地代家賃統制令施行規則一一条に規定する併用住宅に該当せず、従って同令による家賃の統制を受けないものである。また、「併用住宅」を認定するための事業用部分の範囲確定にあたっては控訴人の賃借時の使用目的、それ以後の使用状況の経過および家屋の構造などをも勘案すべきものであるところ、控訴人は、本件家屋を賃借してこれを証券取引業の事務所に使用し、その後昭和二六年八月六日頃から約二箇月間本件家屋の階下店舗部分約二四平方メートル七九(約七坪五合)を機械工具株式会社の店舗として、また昭和二八年六月二〇日頃から数箇月間同階下店舗部分約四一平方メートル三二(約一二坪五合)を家具販売の店舗として利用したことがあって、本件家屋の事業用部分が二三平方メートルを超えることは明白である。
と述べ(た。)≪証拠関係省略≫
控訴人は、請求原因に対する答弁として、
被控訴人の請求原因第一項の事実は不知、同第二項の事実は否認、同第四項の主張は争い、同第五項の事実は認める。
と述べ、本件家屋の賃料につき地代家賃統制令の適用を主張し、
(一) 本件家屋は昭和一一年頃新築されたものであり、控訴人は本件家屋の階下約二三平方メートル(約七坪)の事務所部分を控訴人の経営する新聞出版業務に使用し、他は一、二階とも居住の用に供しているものである。
(二) 右主張事実に関する被控訴人の自白の撤回には異議がある。
(三) 被控訴人の第七項(二)記載の主張は争い、同項(三)記載の主張事実中控訴人が被控訴人主張のとおり本件家屋の階下部分を機械工具および家具販売の各店舗として利用したことは認めるが、その余の主張は争う。
と述べ(た。)≪証拠関係省略≫
理由
一 ≪証拠省略≫によると、本件家屋は、もと訴外古谷忠司の所有であり、控訴人は昭和一六年頃右古谷から本件家屋を期限の定めなく賃料月額金三五円毎月末日払の約で借り受け居住していたこと、被控訴人は昭和二三年一月三〇日右古谷から本件家屋を買い受け翌二四年六月二九日その所有権移転登記を経由して本件家屋の賃貸人たる地位を承継した(ただし、その当時の賃料は月額金一、〇二〇円九〇銭となっていた。)ことの各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
二 ついで被控訴人が控訴人に対し昭和四一年六月一四日付の書面で右家屋の月額賃料を金四五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、本件家屋およびその敷地に対する公租公課の負担の増加、土地価格の昂騰およびこれに伴う地代の増額等により比隣の建物の賃料に比較して本件家屋の賃料が適正を欠くに至ったことが認められ、この限りで右認定に反する証拠はないから、本件家屋の賃料は前記争いのない被控訴人の賃料増額の意思表示により後に説示するとおりの相当額に増額されたものといわなければならない。
三 ところで右相当額について案ずるに、まず本件家屋の賃料につき地代家賃統制令による統制の存否が争われるのでこの点について判断する。
本件家屋が昭和一一年頃に新築されたものであることは当事者間に争いのないところであるから、その家賃が昭和一四年勅令第七〇四号の地代家賃統制令ないし昭和一五年勅令第六七八号の地代家賃統制令以来その統制を受けて来たものと解されることはいうまでもないところであり、従って昭和二五年政令第二二五号によって改正された現行の地代家賃統制令(昭和二一年勅令第四四三号)二三条二項各号に規定される適用除外に該当しない限り、なお継続してその統制に服すべきものであることも明らかである。
被控訴人は本件家屋が右二三条四号所定の「店舗」に該当する旨主張し、なるほど≪証拠省略≫によれば、本件家屋は登記簿上表題部に家屋の種類として店舗と表示され、事実本件家屋の階下の一部が、証券取引業、機械工具店、家具販売店、新聞出版業などの店舗ないし事務所として使用されてきたことが認められるけれども、≪証拠省略≫を総合すると、右事業用に使用された部分は本件家屋の階下の一部に限られ、階下のその余の部分ならびに二階の全部はいずれも居住の用に供する部分として築造されかつ使用されているものと認められるのであって、前記登記簿上の表示にも拘らず、本件家屋を一体として店舗(その他現行地代家賃統制令二三条二項四号ないし七号に規定する事業用建物)であると解することは到底できないものである。
つぎに本件家屋の延べ面積が九九平方メートル(三〇坪)を超えるものであることは≪証拠省略≫によって明らかである(登記上の延べ面積は一〇一平方メートル六五(三〇坪七合五勺)、現況の延べ面積は一〇四平方メートル九五(三一坪七合五勺)である。)から、一応前同条項三号の適用除外に該当すべきところ、同条項但し書、同条三項および地代家賃統制令施行規則一一条(昭和三一年建設省令第二四号および昭和四一年建設省令第一二号による改正後のもの)によれば、右の場合であっても、建物が(1)二三平方メートル(約七坪)以下の事業用部分(統制令二三条二項四号ないし七号所掲の用に供する部分)と九九平方メートル(約三〇坪)以下の居住用部分とを有する住宅であって、(2)その住宅の借主がそこに居住し、かつ(3)その住宅の借主が、その事業主であることの要件を充足するときは、これを「併用住宅」としてその敷地とともになお統制に服することになり、控訴人は本件家屋が右にいう「併用住宅」に該当すると主張するのでこの点を検討する。
控訴人は本件家屋の階下約二三平方メートル(約七坪)の事務所部分を控訴人が経営する新聞出版業の業務に使用し、他は一、二階とも居住の用に供している旨主張し、被控訴人は右主張事実をいったん認めたが、のちに右自白を撤回した。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人が株式会社北海道民新聞社なる名称のもとに月刊新聞「道民」および月三回刊行の通信版「道民通信」なる新聞通信類の出版業を営み、右事業のため面積は兎も角として本件家屋階下の一部を使用し、階下のその余の部分と二階全部には控訴人とその家族(妻および一男二女)が居住している事実が認められ、この限りで右認定に反する証拠はないから、右事業用の使用面積の点は暫く措くとして本件家屋の階下の一部のみが控訴人の事業用部分で他が居住用部分であるという被控訴人の右自白の撤回は許されないものといわざるを得ない。
そこで控訴人の右新聞出版業の事業に供せられる使用面積についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件家屋は札幌市内南二条の西一丁目から西七丁目にかけての通称狸小路商店街のアーケード・プロムナードの延長線上である南二条西八丁目道路(東西道)に南面し、札幌市の用途地域指定では商業地域に属するが、商店街としての景観、施設、客足等は一段とおちる地帯にあること、本件家屋階下の右道路に面する間口五メートル四五(三間)、奥行四メートル五四(二間半)の部分二四平方メートル七九(七坪五合)は床面がコンクリートたたきの間となっており、その奥は正面左右に設置されたドアから通ずる一六平方メートル五二(一〇畳)のフローリング・レザー敷きの部屋となっており、更にその奥に台所、寝室(六畳間)、便所と二階に通ずる階段が配置されていること、右コンクリートたたきの間は構造上店舗ないし事務所向きで、控訴人はその正面中央に四卓の机を置き(机上には輪転印刷機、さい断機三台、タイプライター、封筒用紙類などが存置されている。)、西壁ぎわにはスクラップ・ブックなどを整理する大きな書棚、その奥に封筒用の宛名印刷機などを置き、コンクリートたたきの間の全面積の約七割程度を占拠して新聞出版業務に使用しているが、他方、本件家屋の奥へ通ずるためには構造上正面左右に設けられているドアを使用する必要があって、特に東側(正面右側)のドアは家人の出入口として常用され、ドアの前約一平方メートル六五(約半坪)のコンクリートたたき部分には、すのこ板が敷かれ、靴やサンダル類が散在し、事実上玄関の役割を果たしているほか、その他のコンクリートたたき部分の四囲には傘立つき衝立、石油かん、野菜入れ、ダンボール箱、ごみ入れ、自転車、スキー等が雑然と置かれ、物置きの如き状況で使用されていること、奥のフローリング・レザー敷きの部屋は、コンクリートたたきの間から一段高くなっており、後者との間は左右のドアをはさんで中央に四枚のモール・ガラス入り引窓で仕切られ、事務所ないし帳場としても使用できる構造となっているが、居室としての体裁も整っており、控訴人はこの部屋に応接セット、石油ストーヴ二台、本箱、食器戸棚、洋だんす、テレビ、冷蔵庫、座卓などを置き、主として家人の茶の間(居間兼食堂)として使用し、なお来客の応接、原稿書きをはじめ、封筒宛名書き、糊付けなどの新聞出版事業の作業にも使用することがあり(新聞出版事業は控訴人のほか妻と一男二女のみが従事している。)、特に冬期間は暖房設備の関係で、コンクリートたたき部分でしかできない作業以外はこの居間で行っていること、そのほかは階下奥の寝室(六畳間)において原稿書きや調べものをすることがある程度であること、の各事実が認められ、原審における控訴本人尋問の結果中、控訴人が本件家屋の階下全部を新聞出版事業のため使用している旨の供述部分は、その業務の性質および従業員の構成上、階下の随所において原稿書きその他の作業をすることがありうることを強調したに過ぎないものと解されるから必ずしも前記認定と抵触するものではなく、その他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。
右のとおり本件家屋階下のうちコンクリートたたきの部分とフローリング・レザー敷きの部分は、いずれも事業用と居住用とに併用されているものであるが、前者は構造上も店舗と考えられ、現実にも主として新聞出版事業用の物品を存置してこれを使用していると認められるから、構造上の必要から玄関口と認められる前記靴脱ぎ場約一平方メートル六五(約半坪)の部分を除く約二三平方メートル(約七坪)の部分は事業用部分と解するのが相当であり、後者(フローリング・レザー敷きの部分)は構造上必ずしも事務所ないし帳場向きと解さなければならないものでもなく、控訴人は主としてこれを茶の間として居住用に使用していると認められるから、この部分は居住用部分と解するのが相当である(試みに右コンクリートたたきの部分とフローリング・レザー敷きの部分について、事業用と居住用との使用の程度に応じてその使用面積を按分するならば、前者につき事業用七割、後者につき事業用三割程度と解するを相当とするところ、これによる事業用部分の総面積は合計二二平方メートル三一(六坪七合五勺)となり右認定の事業用部分の面積とほぼ同一の結論となる。)。なお階下のその余の部分が事業用と解せられないことは多言を要しないであろう。
しからば控訴人がその新聞出版事業のため使用する部分が本件階下約二三平方メートル(約七坪)である旨の控訴人主張事実は真実に合致するものであり、この点についての被控訴人の自白の撤回は許されないというべきであるから、結局右主張事実については当事者間に争いがないことに帰する。
被控訴人は前記「併用住宅」認定の要件の一つである事業用部分の範囲の確定にあたっては、現在の使用状況によってのみ判断すべきでなく、建物の構造、賃貸借の際の使用目的、賃借時以後の使用状況などをも勘案すべきであると主張するが、本件家屋の構造が前示約二三平方メートル(約七坪)の限度を超えて当然に事業用部分と解しえられないことは前記説示のとおりであり、賃貸借の際の使用目的については≪証拠省略≫により賃借当時三笠証券株式会社の事務所として店舗部分を使用したことが認められるに留まり、右店舗部分が如何なる範囲であったか従って賃貸借当時の使用目的上事業用部分と居住用部分の区分が如何様であったかは窺い知ることができず、また賃借時以後の使用状況についても右証拠によれば昭和二六年八月六日頃から約二箇月間階下店舗部分約二四平方メートル七九(約七坪五合。前記コンクリートたたき部分と思われる。)を訴外小沢機械工具株式会社に使用させ、また昭和二八年六月二〇日頃から数箇月間階下店舗部分約四一平方メートル三二(約一二坪五合。前記コンクリートたたき部分とフローリング・レザー敷きの部分と思われる。)を訴外田原次男との共同経営にかかる家具販売店の店舗として使用したことがあるというに過ぎず(被控訴人は右使用をとらえて無断転貸借を理由に賃貸借契約解除の意思表示をなし、控訴人はこれを争ったため、両者間には昭和二六年頃から昭和三七、八年頃まで紛争が続き、被控訴人の敗訴に終っている。)、前記のとおり本件家屋の階下コンクリートたたき部分の一部は構造上奥の居住用部分への出入口として使用さるべきものであること、および同フローリング・レザー敷きの部分は居住用にも事業用にも使用可能な構造のものであるが、控訴人はこれを主として居住用部分として使用していること等の認定事実に照らすと、本件家屋の階下約二四平方メートル七九(約七坪五合)ないし約四一平方メートル三二(約一二坪五合)の部分が一時事業用に転貸使用されたことがあるとの事実をもって、これらの部分全部を本件家屋のうちの店舗部分とみなければならないいわれはなく、むしろ本件家屋の事業用部分の面積は二三平方メートル(約七坪)の限度と解するのが相当であり、居住用部分が九九平方メートル以下であることは明らかであるから、前記「併用住宅」認定の要件中(1)の要件を充足することになり、前掲(2)、(3)の要件に該当する各事実については当事者間争いがないので、結局前掲三つの要件はすべて満たされるから、本件家屋は地代家賃統制令二三条二項但し書の「併用住宅」に該当し、統制令による家賃の統制を解除されていないものというべきである。
四 そこで進んで地代家賃統制令のもとにおける本件家屋の適正賃料についてみるに、≪証拠省略≫によれば、前記賃料増額の意思表示のなされた昭和四二年六月当時の本件家屋の適正賃料額は、所定の方式(昭和二七年建設省告示第一四一八号昭和四一年同告示第一一四〇号改正後の第二の一の1所掲)により算出すると、別紙計算書のとおり月額金一九、一五一円となることが明らかである。従って被控訴人の賃料増額の請求により本件家屋の賃料は月額金一九、一五一円の限度で増額されたものというべきであり、控訴人はこれにより被控訴人に対し本件家屋の賃料として毎月末日限り右同額の金員を支払うべき義務がある。
五 しからば被控訴人が控訴人に対し、控訴人の被控訴人に対する本件家屋の賃料債務が右増額のなされたのちである昭和四二年九月一日以降一箇月金四五、〇〇〇円であることの確認を求める本訴請求は、右期日以降一箇月金一九、一五一円であることの確認を求める限度でのみ理由があり、その余は失当として棄却すべきものであり、これと一部抵触する原判決の取消しを求める控訴人の本件控訴は一部理由があるから、民事訴訟法三八六条、九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 神田鉱三 三宅弘人)
<以下省略>